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2005/03/21 (Mon) 戦争?責任?

先日、祖母と話したことについて。

朝食の席で何気なく、前の日に見たテレビの話をしていました。
よくある、1.5流の芸能人の旅行記(?)みたいな番組。
その番組の中で、台湾を訪れた彼らが屋台のおばちゃんと話す場面が。
私は途中から見て、一瞬そこが熱海かどっかの温泉街か、アジアの国なのかわかりませんでした。
なぜって、そのおばちゃんがあまりにもぺらぺらに日本語を話していたから。
そこから、行く先々に日本語を(多少なりとも)話す台湾の人がでてきました。

今回に限らず、アジアで日本語を話す人々が多くいる国があるというのはよく聞く話ですが、そういうのを見聞きするたび、私は一人で勝手に痛々しい気持ちになってしまいます。
日本は、アジアの国々を戦中は軍事力で支配して、戦後は経済という形を変えた力で支配してるんじゃないか・・・なんていうステレオタイプにはまってしまうんですね。

それを、祖母に話したら、「日本がアジアの国々を支配しなかったら、逆にやられてたのよ。経済戦争だったんだから、仕方なかったの。それに日本はもう十分戦争責任を果たしたんだから。今だってたくさんの経済援助をしているし。まして、日本がこんなに経済的に発展してなかったら、周辺国から戦争責任のことで叩かれることもなかったでしょうね。そういうことは、政治のカードとしても使われるから。」

それに祖母はこうも言っていた。「東京大空襲や、原爆や、中国大陸からの引揚者で嫌な思いをした人をたくさん知っているわ。そういうことも知らないで、日本のだめなところばかり羅列するなんて、西洋かぶれもいいとこ。」

この言葉はショックでした。
「西洋かぶれ」。
私は今まで考えたこともなかったけど、私がアジアの被害者の気持ちを考えるのと同じように、戦争を経験した世代には、彼ら自身戦争の被害者であるという意識が根強くて、それはともすると、当時の戦争の相手国への反発心にもつながるものなんじゃないかってこと、実感しました。
先学期取った政治のクラスで、「日本人の第二次世界大戦への戦争観は、ドイツのそれがguiltyなのに対して、shameである。」って誰かが発表していたけれど、そういう戦争観の根底って意外にこんなとこにあったりするのかもしれない。

いずれにしても、同じ国内でもこんなにも戦争観の違いがあって、ましてや、戦いあった国家間において、戦争観や、それに大きく影響を受けるであろう戦争責任の問題について話し合っていくのがいかに大変か、思い知らされました。
それと同時に、話し合っていくことがいかに大事なことか、も。

祖母との話も、単なるgeneration gapだよね、で終わらせたくない。
違うからこそお互いの考えを伝え合う価値があるのだと思います。
そして、国という枠を超えて、個々人がこれらの問題に関する意見を交換し合う場があったら(あるのかもしれませんが)、「戦争?責任?よくわかんないなあ」から、「戦争?責任?わかんないからもっと知りたい!」に変わるのかもって思いました。

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